
Ryzen 7 5800XTは、2024年に発売されたZen 3アーキテクチャを採用した8コア16スレッドの高性能CPUだ。
多くの自作ユーザーに選ばれてきたRyzen 7 5800Xのちょっと高機能で、なぜか「買っても意味ない」「余った5800Xの在庫を捌けさせるために倉庫から引っ張り出してきたCPU」などと揶揄されている。
価格コムでも2025年6月時点でレビュー・口コミ件数ゼロ更新中とその存在を無視されている不人気モデルだ。

5800Xと違い、5800XTにはクーラーが付属しているのだが、「発熱が激しく、空冷では冷やしきれない」「水冷でなければ性能をフルに発揮できない」といった声がある。このCPUが“水冷必須”と呼ばれる理由には、いくつかの背景がある。
Ryzen 7 5800XTは「水冷必須」って本当?
5800XTは同世代の他モデルと比べて動作クロックが高めに設定されている。その結果としてTDP(熱設計電力)は105Wとされているが、実動作時にはそれを超える消費電力と発熱を示すことが多い。PBO(Precision Boost Overdrive)や自動オーバークロック機能を有効にすると、さらに発熱が増し、冷却性能が追いつかなくなることもある。
冷却不足によって温度が異常上昇し、CPUが自己防衛的に動作クロックを制限する「サーマルスロットリング」が発生すれば、せっかくの高性能も発揮できない。
今回、直面したトラブルも、まさにこの「冷却不足」が原因だった。使用していたのは大型空冷クーラーだったが、グリスの量が少なすぎたことでCPUとヒートシンクの間にわずかな空間が生まれ、熱が十分に伝わらなかった。
その結果、温度が異常上昇し、クロックダウンが頻発するという、まさに冷却に失敗した典型的な症状を再現してしまった形だ。
CPU温度が異常?60〜90℃をウロウロする日々
PCを組み上げた直後から、Ryzen 7 5800XTの温度がどうにも高すぎると感じていた。アイドル状態でも60℃前後を示し、ゲームや動画編集などの高負荷作業を始めると、ものの数分で90℃に到達する。負荷がかかるたびにCPUファンは全力回転し、まるで離陸直前のジェット機のような騒音を響かせる。冷却に力を入れたはずの空冷クーラーが、まるで機能していないかのように感じた。
さらに深刻だったのは、動作の不安定さだ。本来であれば余裕をもってこなせるはずの処理が、突如として重くなり、フレームレートが急落する。システムモニターを確認すると、CPUクロックが頻繁に低下していた。
これは「サーマルスロットリング」と呼ばれる現象で、CPUが過熱を感知し、自らクロックを落として発熱を抑えようとするもの。これにより性能が引き出せず、実質的には宝の持ち腐れとなっていた。
当初は「5800XTだから仕方ない」と諦め気味だった。ネット上でも「空冷じゃ無理」「スパイクする」「水冷に変えてやっと安定した」といった声が多数見られ、それに納得していた。クーラーの性能不足を疑い、買い替えも検討したが、使っていたのはCRYORIG R1 Universal V2という大型クーラーで高風量ファンを備えた評価の高い空冷モデルだった。
それでも90℃に届くというのは「なんかおかしい」と薄々感じていた。5800XTは5800Xと違い付属の空冷クーラーが付属しているが、これは空冷で運用できるというメーカー自信の現れのはずであるが、この惨状を打破する決定打を見つけられず、しばらくの間そのままの状態で使い続けていた。
ネットでよく見る「グリスは塗りすぎ注意」に惑わされた
冷却性能に納得できないまま数週間が過ぎた。ヒートシンクの固定具やファン回転数の設定、エアフローの見直しまで一通りチェックしたが、決定的な改善にはつながらなかった。そんな中、ふと「グリスの塗り方が悪かったのでは」と思い至った。
しかし、すぐにその考えを打ち消した。というのも、「グリスは塗りすぎてはいけない」「米粒サイズで十分」「塗りすぎ、ダメ、ゼッタイ」というアドバイスだけがネットでは踊り狂い、「グリス塗らなすぎ注意」などというのは見たことがないし、筆者もそれを信じて疑うことがなかった。「グリス塗りすぎる死ぬ」という教義にまで高められているようだった。
実際、初回のグリス塗布では中央に小さく1滴だけ、まさに“米粒大”のグリスを載せるにとどめた。圧着すれば自然に広がるという情報を参考にしていたが、改めて考えるとその「自然な広がり」を過信しすぎていた。CPUヒートスプレッダの全面にうまく行き渡っていた保証はなく、実際は中心部だけに接触し、周囲が空洞だった可能性もある。
さらに悪いことに、クーラーの圧着も甘かったかもしれない。マウント機構が固く、力加減に自信がなかったため、しっかり押し込めていなかった可能性もある。それでも「塗りすぎよくない」という情報が頭にこびりついていたため、グリスに原因があるとは思い至らなかった。
こうして、情報の一部だけを鵜呑みにし、正しい冷却ができていなかったという現実が、後になって浮かび上がってきた。
原因は「グリス量」と「圧着不足」だった!
冷却性能の低さに納得がいかず、ついにCPUクーラーを取り外して内部を確認してみた。すると、熱で広がるというわりに塗布した面積に変化がなく、ヒートスプレッダの中央部しか接触していない痕跡があった。クーラー側の接地面にもグリスの広がりが乏しく、熱がうまく伝わっていなかったのは一目瞭然。
塗布量が少なすぎて、クーラーとの圧着が甘くなったことが最大の要因だった。
グリスがヒートスプレッダ全体に行き渡っていない状態では、接触面積が足りず、空気の層が生まれてしまう。空気は非常に熱伝導率が低く、この微細な隙間がサーマルスロットリングの原因になっていたと考えられる。また、クーラーを固定するときにしっかりと締め込み、均等に圧力をかけることの重要性を痛感した。
再塗布にあたっては、まず古いグリスを丁寧に拭き取った。その後、米粒3粒ほどの量を置き、カード型のヘラを使ってヒートスプレッダ全体に薄く均一に広げた。これは「中央一点盛り+圧着任せ」の方式とは異なり、接触不良のリスクを限りなく減らせる方法として多くの自作ユーザーに好まれている。実際、ヒートスプレッダの端までしっかりグリスが行き届くように仕上げた。
クーラーの再取り付け時には、取り付け用ブラケットを均等に締め込み、ロングドライバーを2本使い左右交互にネジを締めて均等な圧力を意識した。これによってグリスの密着性も向上し、ヒートシンクとCPUの熱移動がスムーズになる。最終的には、取り付け完了後に軽くクーラーを押してみてもガタつきがなく、確実な圧着ができている感触があった。再起動して数分で、その効果ははっきり現れ始めた。
再塗布後の衝撃…30〜40℃で超安定化!
グリスを適切な量で再塗布し、クーラーもきちんと圧着し直した結果は、まさに衝撃的だった。再起動直後、アイドル時の温度は以前の60〜70℃台から一気に30℃台前半まで低下。最初はセンサー故障か?と疑ったほどだが、モニタリングツールを複数使っても数値は同じで、間違いなく冷却が正常に機能していることが確認できた。
ゲームやベンチマークなどの高負荷時でも、温度は最大で50℃前後にとどまり、90℃を超えることはほぼなくなった。しかもファンの回転数が抑えられたおかげで、常に轟音を上げていたケースファンやCPUファンも静音化。動作音は明らかに穏やかになり、耳障りな風切り音が消えたことで、PC使用時のストレスも大きく軽減された。
さらに注目すべきは、サーマルスロットリングが完全に解消された点だ。これまでは熱暴走により頻繁にクロックダウンが発生していたが、温度が安定したことでCPUは定格クロックを維持し続け、フレームレートも一段と安定するようになった。動作の滑らかさが体感レベルで向上し、「これが本来の5800XTの性能だったのか」と実感させられた。冷却の基本を見直すだけで、ここまで劇的に改善するとは想像以上だった。
5800XTの冷却は「正しい空冷」で十分だった
今回の体験を通じて得た最大の結論は、Ryzen 7 5800XTは正しく構築された空冷環境で安定運用が可能だということだ。高発熱で知られるこのCPUも、大型の空冷クーラー──今回はR1 Universal V2を使用したが、たとえばNoctua NH-D15やbe quiet! Dark Rock Pro 4など──を正しく取り付ければ、水冷に頼らずとも30〜40℃台で温度を維持できるはずだ。
重要なのは、グリスの適切な塗布量と、クーラーの確実な圧着である。冷却性能はパーツのスペック以上に、「正しく取り付ける」ことが鍵を握っている。グリスをケチったり、クーラーのネジを均等に締めなかったりするだけで、数十度の温度差が生まれるのは珍しくない。
Ryzen 5800XTをこれから使う、あるいはすでに使っていて温度に悩んでいるユーザーには、「まず空冷でもう一度見直してみる」ことを強くすすめたい。派手な水冷に頼る前に、基本的な冷却の見直しこそが最も効果的な対策になるはずだ。
